【ルーン小話】ウルと、若き日の自分

投稿者: yocolorin 投稿日:

こんにちは、横浜のルーン占い師、八重森るなです。

今週から、ぼちぼち、またルーンのお話をしていこうと思うのですが、お話する内容は「ルーンにまつわる(関係する)エピソード」になる予定です。

さて、今週のルーンは、ウル。

 

 

猪突猛進突き進む、野生の牛、オーロックスのことを示すルーンです。

文字の詳しい説明は、こちらへ。

 

 

 

思い上がった小娘時代

 

ダメな子時代のこと

 

私、小学校中学校の時にはお勉強もあまりできなくて、お友達関係もよろしくない「ダメな子」でした。

運動もダメで、鬼ごっこではミソッカス。

いじめられたことで人間不信になってしまい、別に悪いことを言われていなくても友達が関わってこようとすると怯えて身構える人でしたっけねえ。

 

正直、中学生まではいい思い出がありません。

本当は人懐こくて、みんなの中に入っていきたい子供だったのに、そのやり方がわからなくて、もがき苦しんでいました。

いつも怯えているものだから、面白がられて余計いじめられる毎日でしたし、それでさらに人間不信が加速していくという始末です。

学校を休みたい…学校に行きたくない…もちろんそう思いました。

でも、私の子供の頃って、不登校は不良のやることでした。本当に不自由な時代だったと思います。そのことで、何人のいじめられっ子が自分を責めて死んでしまったことか。

私もちゃんと学校に行っていましたね。休ませてくれたならもうちょっと歪まずに済んだんじゃないかと思いますが、今更どうこうできません。

 

 

何かを掴んだ中学時代

 

 

ところが、中学のある時代から、少しだけ学力が上がってきました。

何がどうだったというのはありませんが、そうですねえ…多分、学力テストが恐ろしくて、必死に勉強していたりしたことが功を奏したんじゃないかしら。

悲壮感漂う勉強の仕方です笑。

 

その当時、仲の良かった友達がいたのですが、彼女は私よりもずっと勉強もできて、少しオマセで、お姉さんのような存在でした。

大好きなその子と、高校を選ぶ段階になったら、一緒の学校に行けそうだということに気づきました。

 

多分そこが、私の最初の成功体験だったんじゃないかと思います。

 

 

「下克上よ!」

 

 

番茶も出花、とはよく言ったもので、高校生くらいの時の私はそこそこ可愛く仕上がっていたのではないかと思います。

入った学校で、髪を伸ばし、スカートを長くして(当時はくるぶしくらいまである長いスカートを履くのが普通でした。不良のやることではなかったんですよ!)、前を向いて歩くようになりました。

 

それでも人間不信はまだ続いていて、仲良しのクラスの子と2人でいつも連んでいましたっけねえ。

 

好きになった男の子と付き合うこともできました。最初に付き合った子とは3ヶ月で別れましたけれども、その後付き合った子とは1年以上続きました。

長く続いた彼氏がとってもいい子で、優しくて、私のことをちゃんと好きでいてくれました。そのおかげで男性に対する恐怖心は無くなりました。

 

大学も、ウチの高校にしてみたら上出来の学校に入学。

大学生活もエンジョイ。

「昔の私はもういない、下克上を成し遂げたんだ」と、当時の浅はかな私は思っていました。

そう…浅はかな私は。

 

 

「ウル」は続かない

 

 

マッチ棒のように

 

 

やがて、私は某地方自治体の職員になります。お役所の人ですね。

またしても、ウチの大学からしてみれば上出来の就職先でした。何しろバブルが弾けた後の就職氷河期世代。就職先に困ってわざと留年したり、大学院を目指す人も多かった時のことです。

 

今となってみれば、それが「すごいエリートの道」な訳ではありません。

私にしてみたらよくやった、ただそれだけのことだったんです。

でも、私は思い上がっていました。私はよくできる子なんだって。

 

最初の職場でも私は可愛がってもらえました。

たまたまその時、あんまり仕事ができなくてひねくれた先輩がいました。打っても響かないし、すぐに席を立ってどこかに行ってしまったと思うと、近所の公園の方から帰ってくるなんてこともあったし、打ち解けて喋るなんてこともなかったので信頼されておらず、仕事もあんまりもらえていませんでした。

その彼と、新人の私を比較して「いい子が入ってきてくれた」って持ち上げてもらってたんですね。

私自身がとってもできる子だったかというと、そうではなかったんだと思います。

 

その頃は「仕事ができること」が自分の価値基準でした。

とにかく言われた仕事は、全てやり切るのが「できる」ことだと思っていました。

周りも、引き受けるもんだから、私に仕事を回してくれました。

やがて、職場も変わって、新しいことをし始めると、私にはわからないことがたくさんありました。

わからない、って言えなかったんですね…そして、マッチ棒が燃え尽きるように、就職して4年目で疲れ果てました。

 

 

自分に合ったペースを見つけよう

 

 

そんなことがあったので、大人になってからは「無理をしないこと」が私に科されました。

ウルの状態では、長持ちしないんです。

もちろん、野生の牛オーロックス本人ならば違うのでしょうけれども、私は大したことのない1人の人間です。

 

北欧の文化

 

もし若い人がこれを読んでいてくれたのならば、自分の力を過信せずに、自分を守ることがひいては周りを守ることに繋がるんだよ、ということをお話ししたいところです。

私、最終的にバッタリと倒れて周りに迷惑をかけましたからね。自分も本当に辛かったし。

 

「ウル」をやる時は、気力体力が充実している時に、短期決戦でサクッとやる。

それがおすすめです。


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