あれは、2012年の秋も深まった頃。

まだ会社勤めしていた頃だけど、なぜか朝早く目が覚めてしまうようになった。
寒くなってきて布団も恋しいのに、二度寝できない。明け方の3:30とかに起きてしまって閉口した。

特別のストレスがあった頃ではないが、「早朝覚醒」というタイプの睡眠障害だったのかなと思う。
後にも先にも、朝方眠れなくなるのはこの時だけだった。

その頃、「朝活」という言葉が流行っていた。
ライフハック系のブロガーさん発信だったと思う。
朝早く起きて仕事を済ませ、夜をゆったり過ごそうというお話だったかなと思う。
もしくは、朝早くに趣味を行い、自分の自由時間を広げようという。

みんなわざわざ早く起きて活動するなら、渡りに船ではないかと思って、私は布団から出ることにした。

◇◆◇

もともと、何かを作るのは好きだった。

古くは幼稚園児の頃から、砂場で山を作ってトンネルを工夫して水を通すとか、リカちゃん人形に飴の紙で作った服(=ゴミ)を着せたりとか。
ただ、やり方を知らなかったので、うまく作れなかった。教えてもらう方法も知らなかったし、リカちゃんに布の服を作るときにタックを取らなくてはならないことなど知る由もなかった。

中学の時には、家庭科が鬼門だった。
スカートはなぜああ切って縫うと出来上がるのか、多分腑に落ちてなかったのだと思う。
しかも、ミシンの糸のかけ方がどうにもわからなかった。今時のミシンと違い、足踏みじゃないだけマシという時代である。

母からは「あんたは不器用だねぇ」とよく言われた。
それでも何か作りたがるから、母は手伝わされて大変だったと思う。
なにげに中学の時は手芸部だった。しかも部長。

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さて、朝活でなにを作ろうか?
手芸ならば部屋でできる。色々やってみた。パーツを組み合わせればできるピアス、革紐を編むブレスレット、テグスでつなぐネックレス。

そこで出会ったのが「ラップブレス」だった。

最初は、アクセサリーパーツのお店で配布していた無料配布の白黒チラシに載ってた作り方を見てのことだった。
仕組みは簡単なのですぐにある程度作れるようになった。仕上がると色々とアラは見えたけど、ただ作るだけならすぐだ。

でも、間違いをなくすことや、仕上がりを綺麗にすること、そして何よりデザインについては、理屈で考えてやり方を編み出し、手に覚えこませて癖づけをする必要があった。
そこまでは白黒チラシは教えてくれない。

◇◆◇

当時は、Facebookに「こんなの作ったー!」「聞いて聞いて、できたんだよー」みたいなノリで、写真に撮って載せていた。

そのうち、友達が「それ私にも作って」と言ってくれるようになった。
デザインのための石をを少しずつ買いためて、ある程度の色味はだいたい出せるようにした。
手の動きで、ミスが出ないようになった。
見栄えを良くする方法も、夫に相談しながら半泣きになりながら探し当てた。

「私は不器用なわけではない、知らなかっただけなんだ」

と、ようやく少しだけ思えるようになったのは、ラップブレスのおかげ。

◇◆◇

そんなわけで、だんだん「売って欲しい」と言われるようになり、今に至る。

あの時の不眠はなぜ起こったのか分からないが、なんというか、天啓だったのだと思う。
今はどちらかというと朝寝坊になってしまったのだが、あれから5年半、まだまだラップブレス作りは続いている。

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そしてその後、マクラメにはまっていくのだが、それはまた別の話で。

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