あろーは、ルナ姐だよ。
今回はあんまり肩に力を入れないようにして書こうと思ってる。
ここんところ力入りすぎだわあたし…。

で。

「余裕」について考えてみようと思う。

余裕とは、

  1. 必要分以上に余りがあること。また、限度いっぱいまでには余りがあること。「金に余裕がある」「時間の余裕がない」「まだ席に余裕がある」

  2. ゆったりと落ち着いていること。心にゆとりがあること。「余裕の話し振り」「周りを見る余裕もない」

(goo国語辞書より)

ってことよね。

ここで話そうとしているのは2の方で、心の中の「限界いっぱいにはまだゆとりがある状態」かな。

でね、あたし的に余裕がない状態ってのはどういう時なのかって考えてみたんだけど、だいたいにおいて「自分のことで悩んでいる」時なのよね。

例えば、
頭が痛いとか、
仕事に追われているとか、
誰かに嫌われているとか、
家族が病気だとか、

他人事を考えていられるときは、だいたい余裕のあるときなのよ。

他人に目を向けているときは何を考えているかというと、
「おう、赤ちゃんが泣いているな」
「テレビの○○が興味深いな」
「この絵の見所はどこなんだろう」

みたいに、客観的にどうなっているのかを観察しているときが多いみたい。

◇◆◇

自分のことばかり考えているときは、だいたいにおいて「自分のことが心配」な状態に陥っているような気がする。

そうすると、余裕を作るためには、
「その心配には意味があるのか」
ということを考える必要があるかな、意味のない心配をしていても心のリソースの無駄になるから。

例えば、怪我をした時に「応急処置をしなくちゃ!」ってなるのは「心配する必要がある心配」だと思うのね、心配することで物事が好転するから。

でも、「私の脚があと2センチ長ければなあ」っていうのは、変えようがない事実なので、気にしすぎても仕方がない。脚が長く見えるパンツとか見つけた時に思い出せばいいだけだ。

そうやって整理していくと、自分ごとの心配の正体が見えてくる。
「職場でいじめられている」→解決策はないのか→他人のことは変えられないので自分が変わる→異動希望を出してみる/転職を考える
みたいに。

多分、ここんところに手を回すのが苦手な人が、世に言う「グズ」、なかなか行動を始められない人なんだと思う。
自分の心配を客観視するのが辛い人のこと。

◇◆◇

…って、グズってあたしのことじゃんか!!!!!

考えてもどうしようもない心配ごとにまみれ、落ち込んだりイライラしたりして、自分の外側のことに意識が向かない。

あたしじゃーーーーー!!!

まあ、こんな奴でも無事に大人になって何とかかんとか中年になっているので、余裕のない人達は完璧にやる必要はないので適度に自分の中に余裕を作りながら、面白い人生を送ってくれればいいと思う。

こんなあたしでも年の功程度のアドバンテージはあると思うので、よければ悩みを抱えている人はあたしのところでそれを整理して欲しいなー。

 

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